【パイロット版】カガコーHIGH SCHOOL ROCK現象【第1話】

2025年09月26日 18:00

 一年の頃と比べて見違えるほど、音楽をやるにはお誂え向きの部活に変わったと思う。もっとも、それは僕による計画的犯行だが。
 私立彁楽高校には、生徒の自主性を何よりも重んじる校風に胡座をかいている連中が少なからずいる。それは仕方のないことだ。だから、それを引きずり下ろして自ら手筈を整えることに咎められることは何もない。やる気のない奴らには早急に帰宅部を紹介し、その間に形骸化されていた部室や機材を綺麗にし、ロック音楽に打ち込める環境を整えた。そもそもやる気のない人間が何故ここまで跋扈していたのか、甚だ疑問である。
 そして、昨日は新入生歓迎会と称して、少ない人数でコピーバンドを何個か行って軽音部としての矜恃を存分に誇示した。あの音楽室のおよそ半分が生徒で埋まるほどだったから、今日から始まる1年の仮入部はきっと忙しくなることだろう。期待とともに、僕は自販機のコーラを流し込みながら部室へ向かった。

「……え?2人だけ?」
「そうだよ。運動部、ウチらのことを都合のいい娯楽だとしか思ってねーみてーでさ」
「そ、そっか……まあ2人でもありがたいよ」

 予想を裏切られたのは、部室に入ってからのことだった。上手の方で見ていた女の子と、あとから来て後ろで見てくれていた男の子しかいない。どうやら先に来ていた志島さんの話によれば、「この2人以外はタダ見だった」らしい。運動部の入部志望はみんな経験者で、先に希望用紙を提出した後にライブだけ見て帰る目的で来てた生徒が多いとか。だからって初日から先輩と顔合わせをしないのはどうなんだ……?否、あいつらは僕らのことを舐めているのだろう。僕たちみたく新入生を歓迎するために出し物をやる部活を楽しんでもらって、明日からちゃんと仮入部でシゴキでもするんだろう。その割を食らわされるこっちの身にはなるつもりがないのかもしれない。そんなことはどうでもいいのだけれど。
 パート希望の用紙を見ると、2人ともドラムだった。ちょうどドラムがいなかったので安心した……とりあえず2人に本人の口から名前を聞くことにした。男の子の方は仁川くん。京都からこっちに越して来た寮生らしい。女の子の方は星野さん。おそらく本名であろう下の名前に二重線を引いて、林檎と書き直していたので、ここでは「星野林檎」というアーティストネームかなんかでやるつもりだろう。星野、林檎……ビートルズのリンゴ・スターみたいだと言おうとしたら、その前に志島さんに連れてかれてしまった。残念。

 残った仁川くんに早速音楽の趣味を聴いてみた。けど、あんまり彼はパッとしなそうな顔をしていた。ドラムが目立つ曲だったら関係なしに聴くらしい。どうやら仁川くんは、ここに入るまでは独学とYouTubeの動画でツインペダルの練習をしていたようで、「他の人があんまり持ってない武器を持っておきたかった」んだとか。確かに日本人でツインペダルを踏める人ってあんまりいないもんね。話してみた印象は、何か凄くアカデミックな子だった。おそらく格式の高い家系か何かだろう。寡黙と言うか、ジメジメした暗さは決してないんだけど、凄く真面目で堅い印象だった。踏める子らしいけど、先輩しかドラマーがいなかったのと、その先輩は自前のペダルを持ち込んでいたので、部活の備品にツインペダルはなかった。どれだけ踏めるかはさておき、ツインペダルを使う人間はある程度の素養があると僕は見ているので、ひとまずシングルで頑張ってもらうことにした。

 僕は今年からバンドを組みたいと思っていたので、ちょうどドラマー志望の子が来てくれて都合が良かった。それまでの軽音部の部員は、ドラマーの先輩が抜けて、ギターである僕とベースの榎本康介くん、ギター女子2人組の志島さんと赤塚さんしかいない状況だった。そのうち、赤塚さんはここに名前を置いていて、外でバンドを組んでライブをしているので、常に部活にいるのは僕と榎本くんと志島さんしかいなかった。赤塚さんは、ここを個人練のために使ってる。とはいえ、昨日の新歓ライブではSHISHAMOのコピーバンドなどを志島さんとやってくれて助かった。しばらくドラム不在の部活だったのでどうなる事かと思ったが、運良く2人のドラムが来てくれたのは奇跡だと思う。

 とりあえず、ギターベースドラムが揃ってるので、なし崩し的にという訳ではないが、セッションを吹っかけてみた。やったことはないけど興味はあるらしいので、僕と榎本くんと仁川くんでやることにした。これで感触が良かったら、バンドを組もうと思う。
 僕がセッションで見るのは、相手の奏者としての"自我"。1つのテーマに対して「こう引っ張りたい!」という意図が明確にあって、それを示せる度胸とアプローチを持ててるか。どういう事をしようって既に決めている訳じゃないんだけど、最初のセッションはとりあえずクリームの「クロスロード」をやることにした。
 クリームっていうのは、エリック・クラプトンっていうストラトキャスターの名手が昔組んでたバンドで、メンバーがバチバチに即興演奏で互いの技術をぶつけ合うようなことをやっていた。スタジオ盤でたった数分の曲を、ライブでは10分以上かけてやったりするほど、発想の引き出しが広い。僕も家でレコードを何度も聴いたバンドだ。

 さっそく、YouTubeやサブスクで流れを確認した後に、僕達でもセッションを試してみた。結論から言うと、ものすごく楽しかった。こういうセッションは久々なのだが、高校1年生でここまでテクニックを持ちつつ、周りを見れるドラマーってなかなかいないと思う。仁川くんはすごい子だった。榎本くんも、1年の頃から彼のデカい音がずっと気になってたので、この機会に合わせられていい経験だったと思う。……よーし!これでバンドができる!
 バンドができたらまずやりたいと思っていたことは、インプロビゼーションだった。奏者による全力をぶつけ合い、何もかもを圧倒させる必殺技みたいな音楽。この高校に入って真面目にそれができそうな相手と巡り会えたみたいで僕は久々に感動をした。だって、今から明日の部活がとても楽しみになった。この僕、渡瀬慎也という男と、榎本康介というベース、仁川巌っていうドラムの、隙のないトリオ。それが持てるもの全部ステージに叩きつけたとしたら?きっと周りは圧倒されて拍手の手を止めないことだろう!

「名前はどうするの?」
「決まってるよ、既に」
「……なんて名前なんすか?」
「聞いてくれてありがとう仁川くん、それじゃあ教えてあげようか」

 僕はしびれとめまいのする感覚に心地良さを覚えている。三半規管が揺れるような。そんな劇的な体験を僕たちの手で聴き手に与えたい。だから、僕たちの名前は──

「──サンハンキカンズ、だ」

私立彁楽高校三年 渡瀬慎也

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