【パイロット版】カガコーHIGH SCHOOL ROCK現象【第2話】

2025年10月21日 06:00

 何か、すんげー事情ありな子だと直感で思った。それはフッツーに杞憂だと思いたいんだけど。新入生歓迎会でやったライブで来てくれた子なんだけど、耳が裂けそうなでかい音でやってても、涼しい顔で見ていたのが怖かった。何がどうしてここに来たんだろう。新歓ライブは何を思って見てたの?それで、どうしてこの部活を選んだんだろう。タダ見で逃げる連中かと思っていた。この子のことは全く分からない。ただ1つ言えるのは今日入ってきた1年の中で女子でドラムを希望していたこと。

「……それでさ、私、部長の……志島奏」
「よろしくお願いします〜、星野林檎です」

 思ったより口調は軽いのな。でも、何か目の奥が笑ってない感じがする。何でだろう。この、浮世離れした感じ。名前も……本名じゃなくてニックネームを名乗っていた。

「……星野ちゃんでいいよね、星野ちゃんって普段、何を聴いてるの?」
「えっと〜……」

 質問を投げたんだけど、考える仕草の後に黙り込んでしまった。……なんか聴いてるって訳ではなさそう。

「浮かばなかったら他のでもいいや。何か、読んでいる本とか……」
「……本!本はですね〜、絵本が好きで家にいっぱいありました」
「絵本!いいじゃん、私も子供の頃よく読んでて……」
「図書館とかよく行ってました、とにかくそこで……読んじゃうんです」

 絵本を読んでいるんだ。文学少女って感じなのかな。童話が好きかもしれない。何だろう、ただこうして会話してるだけなのにずっと空気がヒリついてる。

「……そういえば、ドラム希望だよね。未経験?それとも経験者?」
「あ!子供の頃からやってます〜!」
「そうなんだ。……じゃあちょっと叩いてごらんよ、曲と一緒に。……何か流しながらやろっか」

 隣の部屋は渡瀬ん奴らがセッションでも始めてるのか、壁越しの低域を轟々と感じてる。だとしても概ね防音ができてるのは渡瀬がそれだけ環境に時間と情熱を掛けたから。でもうるせーよ。うるせーけど仕方ねぇからこっちもモニタースピーカーに繋がれたMacで何かしらサブスクでも開きながらやってもらおうって感じ。

「……星野ちゃんってさ、何か得意な曲とかある?」
「ん〜……というか……」
「どうした?」
「これ、繋いでくれますか?」

 そう言って、星野ちゃんが差し出したのは……うわ何だ、何世代前のウォークマンだ?言われた通り繋いでやったが、多分これの中に普段から聴いてる曲とかを入れてるんだろう。そんな事を思いながら彼女の操作を待つと、モニターから軽快なピアノイントロが流れてきた。それから、ドラムを叩き始める彼女。……なんだ?……1,2,3,4……あ、ちがう。……6,7……ナナハチと4拍子が混じってる?すげえ、そんな曲あるんだ……何のバンドだろう。

「……これ、なんて曲なの?」
「あ、ヨルシカの「アポリア」です〜」

 ヨルシカにそんな曲あるんだ。すげ〜……私、変拍子は好き。ハッとさせられる感じが。父さんの好きなバンドのドラマーは「しゃっくりみたいだ」っつってたけど。……それにしてもこの子、ヨルシカ知ってるんだ。それなら……

「……藍二乗って知ってる?」
「知ってます〜!」
「それ、叩ける?」
「……ちょっとさらっと聴いてみてからでいいですか」

 曲自体は知ってるみたいだ。ヨルシカはギターがかっこいいと思って聴いてたけど、星野ちゃんはなんか違う理由で聴いてそう。……歌詞とか?……お、始まった。……やっぱ、上手いなこいつ。こんだけ早い曲でもバタバタしてない。何か、叩くところを分かってて余裕があるような。こんだけ上手いのが今年来てくれたんだ……タダ見されたのはたまったもんじゃないが、やっぱ渡瀬が部活のために去年から色々手を尽くしてくれたのがこうして現れるとデカいな。
 演奏が終わったので、星野ちゃんに色々聞いてみようと思う。部活を選んだ理由、こんだけ叩けるようになった背景、あと単純に意欲とか。

「星野ちゃんさ、こんだけ叩けるのすごいよ。」
「あ、ありがとうございます〜」
「私もさあ、ここに来る前札幌でやってたんだけど、そこの奴らよりも全然上手いっつーかさ……ドラムってちゃんと叩くと上手いっていうか。」
「そうなんですね〜……でも〜、昨日の3年生の先輩もドラム叩いてましたよね。」
「あの人も上手いけど、星野ちゃんのは安心して聴けたっていうか」
「本当ですか〜?」
「ホントホント。それにあの先輩大学受験でもう引退するから、ドラム希望の子ったらあんたともう1人しかいねーの」
「…………」
「……何か、自分の話ばっかでごめんね。」
「あ、いえ〜」
「星野ちゃんはさ、この部活に入って何したい?」
「入って……う〜ん……」
「具体的じゃなくてもいいよ、ふわ〜っとしててもいいから」
「えっと〜……ドラムが叩けたら良くって〜……それが叶うなら、先輩に合わせたい〜……かも?」
「そうなの!じゃあさじゃあさ」

 先輩たちの代が完全に跡を去った……っつーか、新歓ライブ手伝ってくれた秦先輩がいなくなってウチらの代だけになってから、やりたいことがあった。友達に文化部の子がいっぱいいて、そいつらの中には演劇とか放送とかでBGMが必要な奴がいる。

「こっちの準備室って録音も出来んの。私さ、曲の製作がしたくて。」
「製作ですか〜?」
「そそ。作った曲は友達に渡すの。……で、星野ちゃんさ。……ドラム、叩いてくれる?私、叩けないから困ってたんだ」
「あっ……私でよかったら〜」
「……っしゃ!やりぃ〜!じゃあさ、明日私パソコン持ってくるから……」

って言いかけたところで戸が開いた。

「そっちは話が済んだかい?」
「まだ。つかこれから。」
「分かった。それじゃあ施錠は任しても構わないね?」
「おう。そっちは終わってんの?」
「もちろん。何より、僕達はこの3人でバンドをやることにしたからね」
「ほーん……まぁ、頑張れ。」
「ありがとう。そっちは?」
「だからこれからだっての」
「じゃあこの二手に分かれる感じだね。」
「……まぁ、そうなるな。赤塚も誘うか悩んでるけど」
「いや〜……どうかな、それは。彼女のバンド次第だし」

 赤塚のやつはもう最初の顔合わせが済んだ時点で組んでるバンドの練習に行っちまった。あいつもギター上手いから、誘えたらバンドはやれるにはやれるんだけど……忙しそうだしどうなるか分かんねぇ。

 それから、施錠まで星野ちゃんは付き合ってくれた。ちょくちょく会話はしたけど……何か、色々抜きにして普通にドラムやりたそうだし、知りたいことはこれから知ってけばいいってところに落ち着いた。とにかく、私は明日から曲を作ったりするので忙しくなりそうな予感がする。そんで、大事な後輩もできたし。前までなあなあで合わせてた部活が、しっかり好きなことを着実にやれるようになってきてるのがとても嬉しい。渡瀬の奴はバンドで何をやるかは知らねぇけど、私もそれに負けないようにしなくちゃな。

私立彁楽高校三年 志島奏

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