【パイロット版】カガコーHIGH SCHOOL ROCK現象【第3話】

2025年10月31日 00:00

 あれから僕らは渡瀬くんに乗せられてバンドとしてやっていくことになったんだけど……もうかれこれ一週間くらい、激しいセッションしかしていない。渡瀬くんは去年から僕のベースを気にかけてくれてたみたいで、会う度に「君の音でバンドを組みたい」って言ってくれてた。だから、その時が来た時のために僕は練習を欠かさなかった。
 正直な話、セッションはすごく楽しい。渡瀬くんは周りをよく見るのが上手くて、僕が何か仕掛けた時も見逃さずに返してくる。仁川くんも、欲しいところにキックを置いてビートを刻んだりするので、とてもやりやすい。セッションは1曲辺りに大体6~7分掛けたのを、ルームマイクで録音して、聴き返して振り返る。

「キーGで4・6の繰り返しで進んでいるわけだから……」
「あ、じゃあここは動いちゃダメだったかな……」
「いや!ただコード進行が変わるのは曲の変わり目を予感させちゃうから」
「せやったら僕もここで打ち分けすればよかったんすかね」
「それも十分にあり!まあ根底は何でもよくて、今回はみんなクリエイティビティにやれてたよね」

 渡瀬くんの言うことは呪文みたいで僕には3割くらいしか分からない。でも、渡瀬くんが言うには僕らは上手くやれてるみたい。それに、練習の傍らで校内でライブを行う企画を考えてくれてる。とうとう、あの日からずっと燻られていた軽音部が渡瀬くんや志島さんのおかげで動き出すんだって考えると、毎日の部活が楽しみになってくる。



***



 思えば、僕と渡瀬くんの出会いは奇妙なものだった。渡瀬くんが来るまで……1年の頃の、それもせいぜい4月から5月までのせいぜい1ヶ月くらいだったけど、僕がベースを持ってやってきた軽音部は、凡そ軽音部とは思えないほど劣悪な環境に渦巻いていた。

「うわw真面目にベースやってらw」
「うるせーよ、ゲームの邪魔だから笑」
「え!えぐいえぐいえぐい星5○○でた!」
「え!?まじまじまじうわーーーーーーやべやべやべやべいくいくいくいく!!!!!!」

 音楽室に、その頃からアンペグと、マーシャルと、ジャズコはあった。ドラムセットも毛布を掛けられていた。でも、鳴らすと鬱陶しがられた。鬱陶しいって思ってる先輩や同級生は楽器の話なんて一度もせず──

「いや、マジで笑○○かっけーから」
「えwダサwキッズやん、きち〜笑」
「おい!wおい!!wwwつか普通にアレよな、俺らセンスしかねーっつーか」
「え!お前センスあったらやばい笑」
「何が言いてーんだよ笑、肩パンだぞ肩パンwww」

──おおよそ同年代とは思えない会話ばかりしていた。

 そんなある日、渡瀬くんが廊下に練習用の小さなアンプをせっせと置いては音楽室に遠慮なく置いていた。金髪で目が青くて、なんかこんな人も学校にいるんだって感じがした。

「あの、軽音部なんだろ」
「あ……うん」
「昨日から昼放課の時に下見をしたんだけど、個人練習の環境がないから持ってきたよ。……ベースかい?」
「い、一応……でも……」
「でも、何だい」
「でも……や……」僕は出かかった言葉を飲み込んでしまった。
「……いや……何でもない」
「水臭いねえ……深く聞かないでおくから、話したくなったら聞かせてよ。それじゃ」
「あっ……」

 何か……彼は、軽音部に目的があるような目付きをしてたし、言うことすらはばかられたような気がした。廊下に並べられた小型アンプが……あともう3台と……名前だけ聞いたことある邦楽のバンドスコアや……グリーン・デイとかダムドとか、洋楽のバンドスコアとかの本とかをビニール紐で縛った奴とか、何かずらーっと並べてた。部活中はここを通る生徒が少ないってことも知ってるのかな、じゃないとこんな遠慮なく並べられないだろう。音楽室と廊下を行き来しては並べてたものをどんどん持ち込んでるけど……。

「え、何?w」
「ど、どうした笑」
「家のことが落ち着いたからそろそろ部活に加入しようかなと思っていてね……今日から軽音部になるんだ、よろしく」
「ちょ笑まじで誰すか笑」
「かっこよw」
「軽音部の割に満足に機材が揃ってないし、楽器の音が聴こえないのがどうも不思議だから、まずは環境を整えようと思って……まずはそこから組み立てようと思ってるんだ。私物だったけど寄付するよ」
「ちょ、必死かよてw」
「あ、そういうノリ……笑」
「そういうノリだね。この学校は生徒の自主性を重んじる事が根幹にあるから。声のデカい奴が有利なんだよね」

 そうだ……!この生徒の自主性を重んじるという校風は逆手に取ればサボりの詭弁にもなる。けど、彼はそれを正しく扱い、ちゃんと練習したい生徒のために動いている。

「お前やばwオタクやん笑」
「何、めっちゃやる気やん笑だる笑」
「やる気だよ?そもそもやっていい校則だから。君たちは楽器もないのに軽音部で何をしてるんだい?」
「うわきち〜、マジメきち〜笑、ガイキチwwwww」
「これでキツいなら明日から君はここに居づらくなるよ。この学校の部活ってやりたいこと自由にやれるから部活もある程度変えやすいようにできてるし、職員室で退部の申し出にでも言ってごらん」

 あ、あまり見ず知らずの生徒を刺激しない方がいいような……!

「ちょ、マジで笑、落ち着けw落ち着けw冗談やん笑」
「冗談はここじゃなくても言い合える場所があると思うんだけどねえ。何も音楽室に溜まってまでやることかい?」
「いやさあー、俺らは俺らでここで楽しく青春してるわけw急に真面目にやられると俺ら居場所なくなって困んだけど笑」
「それならそうで結構。こっちは困らないし、君らなら別に新しい居場所を勝手に作ると思うんだよね」
 その時の彼は何か、僕に話してる時と違ってすごく刺すような目付きをしてた。通り魔の凶悪犯みたいな。
「え、じゃあ俺らのお気持ちは無視するんですか、真面目くん笑」
「寧ろ、無駄な教室をまるごと使って、やることがスマホゲームだけって、ここじゃなくてもできることじゃん。君たちの意思は別の場所で尊重されるべきだ」
「え何何何何、やめろっての?笑」
「やめろとは言っていなくて。君たちのそれ、やる場所は変えられるよねってずっと言ってる。僕は軽音部だし、家やスタジオ以外にもやれる場所を増やしたくて、こうしているわけだから」

 そう言ってるうちに、何か色々運んでるみたいで、部室の中が充実しだした。ずっと持論を喋りながら、茶化しも些細な邪魔も厭わずに淡々と否していて、気づけば個人練習とコピーバンドのための環境が整い始めていた。あと、配線も見ていたようで、机にあったラックの電源が着いた。見た感じ、PA宅に繋がってるみたいだけど……これってちゃんと着くものだったんだね。

「何でだよ、普通に先にいたやつが後から来たやつに追い出されるの納得いかねえっつーか」
「納得も何も、当然だろう。学校に溜まって施錠時間まで屯して何時間もゲーム、部活動所属の生徒が練習のために遅くまで居残る。どっちが有意義かは、分かるものだと思うけど……」
「は?」
「事実じゃないのかい?」
「うっざ、黙れよ」
「黙ったら今度はテレキャスターが鳴るけど」
「……何こいつ?しょーもね、行こうぜ」

 彼が持ち込んだ機材が並び終わって少しだけ部活っぽくなっていた。出ていった生徒はイラついた様子で、八つ当たりのように僕にわざと肩をぶつけた。痛い……。でも、何かスッキリしてしまった僕もいた。恐る恐る入ってみると、淡々とテレキャスターをジャズコに繋いでる彼がいた。

「……それで、さっき言いたかったことは言えそうかな」
「いや……なくなりました」
「…………なるほどね。君は彼らと違いそうだね」
「うん……実は……」

 気づけば僕は、彼が来る前の軽音部の惨状を話した。機材にはマトモに手がつけられておらず、部室で練習せずスマホゲームばかりで、真面目にやってる生徒をうるさい・邪魔の言葉で迫害していたこと、それに割りを食わされていた生徒が僕の他にもいること。僕の他には、赤塚さんっていう同級生と、秦先輩という唯一のドラムの先輩がいた。

「……なるほどね。じゃ、LINEして。もう自由に練習できるって」
「えっ」
「あれ、持っていないのかい?」
「あぁ、いや……」

 急に言われても、僕は赤塚さんたちと連絡先を交換している間柄ではないのでそんなことできっこなかった。彼からはずいぶんと、淡白な印象を感じた。僕よりもちょっと白い肌をしてる彼は、ジャズコに小さいマルチを繋いで音作りをしながら話していた。……凄く、鉄を殴り付けてるようなベコンベコンの巻き弦の音が聴こえる。

「まぁいいや。僕は、ちゃんとやってる子が損をするのは好きじゃないんだ」
「それは……分かる……」
「だから僕がこの軽音部を変えた」
「何か……あっという間、だった……」
「こういうのは四の五の言わずやった方がいいんだ」

 初対面だけど、彼は行動力が普通の人より何倍もあって、それを実現できる環境に恵まれているすごい人のような気がした。

「止めるやつはもういないし。そのケースのでかさを見るにベースなんだろ、君」
「あ、うん……ベース……」
「僕はギターをしに来ているんでね、君のベースを聴かせてよ」
「わ、分かった……」

 言われるがまま、僕はケースからベースを取りだして、シールドに繋いだ。アンプ直で。音量を上げると、弦にノイズがまとわりつく。それを思いっきりピックで振りぬいた。4弦、開放。床が分かりやすく、揺れた。それから、大好きなSum 41のStill Waitingのベースを夢中で弾いた。彼の方を見ると……何か、満足そうな顔をしていた。

「……いい音だよね!フェンダー、プレシジョンベース!」
「あ、うん……これ、プレベ」
「僕もフェンダー大好きでさ、バンドをするならテレキャスターにプレベだと思ってるんだ。僕の好きなバンドがそうだからってのもあるけど」
「そ、そうなんだ……」
「それと、ピックいいよね。僕はピックで弾ける人が好きなんだ。音作りさえできればあんまり変わらないというが、やはりピックにしか出せないアタックとニュアンスはあるし」
「あ、ありがとう……」
「君の音でバンドを組んでみたいね!……そういえば君、名前はなんて言うんだい?」
「僕……は、榎本康介……です」
「榎本くん!僕は渡瀬慎也。よろしく」
「う、うん……!よろしく……」

 これが、渡瀬くんとの出会いだった。彼はその後、赤塚さんや秦先輩とも仲良くなって、2年になるまでにもせっせと色んなものを音楽室に持ち込んでは、部室をスタジオのように変えていった。こんなに勝手に持ち込んで、音楽室を弄り回して、大丈夫なのかな……と思ってたけど……。

「ああ、それに関してなんだけどね。そもそもここが使う必要の無くなった音楽室らしいから、構わないんだって」
「えっ、そうなの?」
「ほら、僕たち来年からマルチカリキュラムで選択授業を受けてくから見学を繰り返してるじゃないか」

 僕たち私立彁楽高校の学科は総合学科。そこから、国公立の難関大学に合格するために勉強する「特進カリキュラム」を最初の説明会で選択しなかった生徒は、奇数週の月水、偶数週の火木の5,6時間目が選択授業の見学時間になる。そしてその選択授業は、僕たちの今いる音楽室のある職員棟ではなく、選択授業のための教室が並んでる実習棟での授業によって執り行われる。

「実習棟の音楽室はね、これでもここの何倍もしっかりしてるんだよ」
「そうなんだ……」
「だから1年の芸術科目で音楽を選んでも、実習棟でやるんだよね。それは知ってる?」
「あ、それは知ってる……」
「なら話が早い。つまり、ここはもぬけの殻に近くて。だから先程の連中も、溜まり場にしてたんだろうね」
「そ、そういうことなんだ……」
「本当なら設備のいい実習棟で部活をするべきなのだが、実習棟は使えない。どうもここの吹奏楽部と合唱部が代々続く強豪で、そちらに優先されてるからね」
「じゃ、じゃあ今話してもどうにもできないっていう……」
「そう。……ところで榎本くんはどんなの聴くの?」
「あ、僕?……えっと、ラモーンズとかBlink-182とか……」
「パンクだね!さっきのあれはじゃあ、Sum 41でいいのかな?」
「あ、知ってたんだ……」
「知ってるとも。……なら、僕のやってることも分かるだろ」
「えっ……」
「パンクの精神のひとつ。DIYだよ。自分達でやるんだ。今からでも、僕たちで軽音部を立て直すことは出来る。来年入ってくるであろう後輩達にも心置きなく部活ができるようにあって欲しいからね」

 何か、渡瀬くんはただの音楽好きって訳じゃなくて、表現活動に励む人間をリスペクトしている優しい人なんだろうなっていうのをここで感じた。自分が練習の居場所を増やすためじゃなくて、自分で用意した環境を同じ立場の人間も自由に使えるようにして欲しいと思っているんだろう。

「シンバルやヘッドは何枚か予備があるといいかも。割れることもあるし」
「それじゃあ元々のヤマハのセットについてたシンバルの他に何かしら候補を挙げておこう」
「うち、ギターの弦とかすぐ交換できると助かるかもしれんね。何やったらお金も出すよ」
「ありがとう。部品やピックなんかも付け足しておいた方がいいかな」
「すげーな。これ、おめーが全部やったの?……ここでライブもできるようにしたら面白くね?」
「それは盲点だったな。確かに実践が意識できた方が面白いが……どうしようか、あの辺に段差をつけて、その上にアンプとドラムセットを移動させてみるか……?」

 1年が終わる頃には、ドラムをやってる秦先輩の協力や、外でバンドをしている赤塚さんからの意見、秋に転入してきた志島さんの声もあって、軽音部は軽いスタジオみたいになっていた。何なら、隣の準備室まで機材を積み込んで、簡単なレコーディングまでできるようになっていた。これは、渡瀬くんが中心になってやってるとはいえ、僕らの代が作ったんだから卒業まで大事にしていかなくちゃいけない。そうして僕ら5人で地道にやってきて、それから今日に至った。僕たちは今日もこの部室で地道に練習に励んでいる。だけど──



***



「やあ、榎本くん」
「あ、渡瀬くん……今日は何するの?」
「大ニュースだ!聞いてくれ」
「えっ、大ニュース?……何があったの?」
「職員室で行事の申し出を取ってきた。『定例ライブ』だ」
「それって……!」
「そう、僕らの初陣の機会ができるということだ」
「すごい!!」
「照明は志島さんの繋がりで演劇部の生徒が協力してくれる。音響に関しては……僕が色々やろう。」
「えっ、渡瀬くんって音響もできるの……?」
「何、叔父からの入れ知恵さ。……まあ、その辺りはおいおい相談するとして。まずは練習だ。仁川くんは来てる?」
「……そういえば、仁川くん今日は来ていないみたいだね」
「珍しいね。いつもは僕らが来る前から叩いてるはずなのに」
「確かに……」
「彼が突然サボタージュをするような性格だと思わないな。同じクラスの子に聞きに行かない?」
「って言っても……僕らクラス知らないよ……」
「……そういえば、彼は寮生だったよね。寮に尋ねてみるか」

 この時、僕たちは仁川くんのことについてまだあんまり知らなかった。仁川くんのドラムはすごくかっこいいし、体力もあって激しいセッションに着いていけるし、それが楽しいって言ってた。そんな子が急に部活に来なくなるのは不自然だと思って、僕ら二人で寮に尋ねてみたけど……。

「仁川くんは今、特別指導で謹慎中だから立ち会えませんよ」
「…………え?」

 特別指導……余程大きな問題を起こさない限り、僕らのような生徒にはまず縁のないもの。取っ組み合いとかの喧嘩や、何日も同じ生徒に陰湿な嫌がらせをしない限り、そういう措置をされることはない。ということは、まさか…………。

私立彁楽高校三年 榎本康介

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