【パイロット版】カガコーHIGH SCHOOL ROCK現象【第4話】

2025年12月01日 00:00

 どうやら、ここに来るまでの一切全ては手切れ金だったようです。私は出来の悪い子であって、それが変わることなどないと思います。この間も寮の部屋で、ねずみのフレデリカさんにそんな私を慰めてもらいました。私は悪い子です。それでも、私はこの街を出ていったことに悔いはありません。町、でしょうか。

 この間から奇妙な人と出会いました。軽音部の志島先輩。普段から前向きで、私のドラムを肯定してくれています。先輩は、暇さえあれば常に部室のパソコンを触っていて、軽い打ち込みでコード譜を作ると、そこにギターを載せます。ギターの音はまるで清濁を併せ飲んだ濁流のように歪んでいて、隣の先輩達の音にも負けないほど大きいです。私に「ビートを叩いて」と指示をして、私はその通りにすると、それだけで褒めてくれます。私のドラムは、緻密な基礎に裏打ちされた堅実な血肉だと。でも、それでも、それでもやはり、私には頭の中に絵本のフレーズと、母の言葉がこだまし続けているのです。

 私が両手を広げても、空はちっとも飛べない。身体を揺すっても、綺麗な音は出ない。私はみんなと違う。……仕方の無い子。言わずとも分かります。私はいらない子なのです。

 ねえ、ねずみのフレデリカさん、うさぎのウエズレーさん、仔猫のフランソワさん、仔犬のハリーさん。悪い子の私をぎゅっと受けいれてくれるのは、変わりなくあなたたちだけ。お母さんに捨てられず、ここに連れてくることが出来て、私は幸せです。私はあなたたちのことが好き。あなたたちも、私のことが好きなはず。ねえ、今日もまた、好きの続きをあなたたちとしたいの。それが虚ろで、無意味な贖罪だとしても、誰かに軽蔑をされたとしても、寝覚めの悪い朝が来ても……。



***



 2週間が経ち、同じ部活動同士の仁川くんが帰ってきました。彼は、2年生で部活の陰口を言っていた生徒に対して、口論から発展して喧嘩になり、結果的に怪我をさせてしまったみたいです。怪我をした生徒も、同じく指導だったので、すぐに分かりました。1人は右腕の骨折、もう1人は鼻にガーゼを貼り付けたまま松葉杖を着いていました。私たちが使ってる準備室では、渡瀬先輩が、仁川くんだけを連れて2人きりで会話をしているみたいです。

「……星野ちゃんは、仁川くんとよく喋る?」
「あんまり〜」
「そっか。何かあいつ、喧嘩で2人病院送りにしたってよ」

 志島先輩は、面白そうに話してましたが、私はそれにただ頷くだけでした。

「……あれ終わるまでしばらく製作できないからさ」
「そうみたい〜……ですね」
「私あの、自販機でなんか買ってくるけど。星野ちゃん何か飲みたい?」
「あ、大丈夫です〜」
「じゃあ私が勝手に星野ちゃんの分まで買って1本やるわ。私、センスいいから」

 断っても、何かしら飲み物を買ってくれるという志島先輩。先輩が階段を降りるのを見届けました。そして、扉から会話が聞こえてくるのですが……よく聞き取れなかったので、志島先輩が戻って来るのを待ちました。

「ほ〜し〜のちゃんっ」
「あっ」
「予定通り買ってきたよ〜。あ、こっちのいちごミルクは私のだからね」

 そう言って、先輩が買ってきたのは……マウンテン・デューと書かれた缶のドリンクでした。

「あ……ありがとうございます〜」
「私の奢りでいいよ!遠慮せず飲みな〜」

 そう言って先輩のくれたマウンテン・デューは、青い柑橘と、舌の上で炭酸が微かに転がるような感覚がして、飲んだことのない味がしました。

 仁川くんが帰ってきたはいいものの、やはり特別指導を受けていたという事実があることから校内ライブを直ぐに発足することは難しいとして、いったんは白紙になってしまいました。私は志島先輩のお手伝いをすることに変わりがないのでまだ関係はありませんが……。そういえば、赤塚先輩が外でのライブ活動で出演者募集をしているような話を小耳に挟んだことがあります。渡瀬先輩はその話をもう知ってるのでしょうか。

私立彁楽高校二年 星野綾音

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