学内でのほとぼり(*仁川くんの特別指導)が冷める前に、外でライブしたいと思っていたら、赤塚さんが繋げてくれたみたいだ。やっぱり持つべきものは話の合う部員だね。今日は榎本くんが部活に来れないみたいなので、バンドは個人練に切り替え、その時間で赤塚さんに詳しい話を聞いていた。
「……なるほど、それでセッション会などに呼ばれたりなんかしてるわけだね」
「そうなんよ。中学ん時から良くしてもらってん」
「いいね、今度僕もバンドじゃなくて個人でお邪魔しようかな」
「ええやないの!渡瀬くんもセッションとかするんや」
「してたなぁ、叔父の繋がりでやっててさ。綿秡DRAWとかで企画があったりするから、そこで叔父さんに連れられたりとかしてて、それで……」
「DRAWええなぁ、今も行っとるん?」
「いや〜、行かなくなっちゃって。あ、でも……こないだ学ランやブレザーの子が出入りしてたし、同年代たちでジャンルがガラパゴス化してそうだね」
綿秡DRAW。学校からなら徒歩10分もしないかな。僕は小さい頃、叔父さんの手ほどきによってあらゆるバンド音楽を取り込んだわけなんだけど、それを実践する場所としてよく出入りしていた。オープンマイクとセッション会が絡んでるようなイベントで、叔父さんは必ずそこでパープルヘイズを1回はやるほどのジミヘンオタクだった。ファズの音に免疫があるのはその時のおかげもあるかも。叔父さんが地元に帰ったのを皮切りに、挨拶もせず行かなくなったので今行くのはちょっと気まずいけど……。
「叔父さんのコネクションが僕にある訳じゃないから、今ふらっと行ったところで〜……って思っちゃってさ。」
「そうなんや。叔父さんもバンドしとったんの?」
「いや!今はもう音響の会社で働いてるよ」
「音響の会社なんや。あ、だから渡瀬くんも卓触れるんやね」
「じゃないとライブができないからね」
「ほーん……あぁそう、さっきの企画の話なんやけど……」
ちょっと横道に逸れたが、ライブ経験のない学生バンドをノルマ無しで募集しているようだ。セッション会に赤塚さんを初めとした高校生が出入りすることが増えたので、その延長線上でバンドを募集して簡単なライブをすることにしたのだそう。
「…………なるほど。いきなり飛び入りで出るのは何か気まずい気がするな、それ」
「いや、ええの!友達連れてきて〜言うてたから、オーナーさんも喜ぶよ」
「それでも、リーダーである僕くらいは事前に知ってもらわなくちゃ。向こうが良いなら、あとは僕の問題なわけだから……」
「真面目やね、渡瀬くんは……」
「部活動の責任を担う人間は真面目でなくちゃ」
「……やったら、もう今行かん?」
「えっ」
「えっ?」
「今行っても問題ない所なのかい?」
「えっと……そ、それなんやけど……」
突飛な提案をされたので、その意図を聞き返してみたら、身振り手振りで慌てだした。別に変なことではないのに。顔まで赤くし始めたので、向こうは自分の発言に羞恥したのかもしれないが。
「あ、あの!やっぱその、場所とか事前に知っとかんとやろ……?」
「……まぁ、そうだね。それじゃあ行ってみるか」
「あらほんと!行こ行こ、近くに楽器屋もあるで」
「本当かい、ついでに弦でも買うかな……」
そういうわけで、僕は施錠を志島さんに任せて件のスタジオへ向かうことになった。ヤマダくん以外でサシで誰かと出歩くのは久しぶりだ。この機会に会話でも吹っ掛けてみようか。
「……そういえば、赤塚さんって普段は何聴くの?」
「えっ!……SHISHAMOとかはよう聴いとるかも」
「SHISHAMOか!いいよね、僕ら学生には共感できそうなソングライティングがあるし」
「渡瀬くんもSHISHAMO好きなん?」
「趣味聴きするほどではないんだけど、ちょうどそういうガールズバンドのことを探ってた時期があって、その時に聴いたよ。ポップネスなギターリフが琴線に触れたりしたかな」
「ギターかっこええよね〜!」
「ガールズバンドが好きなのかい?それとも、メジャーシーンにいるバンドが好き?」
「ん〜……例えば?」
「前者なら、僕はtricotとかかなぁ。中嶋イッキュウって人がギタボやってるバンドなんだけど」
「あ、名前だけ聞いたことあるかもしれん」
「そう?結構面白いことやってるよ。今度CD貸そうか?」
「ホンマに!?ええの……?」
「いいよ。部室のMac経由でケータイに取り込んだらいつでも聴けるし」
「ありがとうね……うち、音楽の話できる子なかなかおらんくて……」
「おや、そう?志島さん辺りとしてそうな偏見はあったけども」
「奏ちゃんとは話すけど、でも、ほんまにそれくらいやねん」
「それなら榎本くんとかは?」
「榎本くんは……何か、ずっとでかい音でベース弾いてて……怖くてまだ話しかけたことないねん」
「1年もいるのにかい!?」
何だか、榎本くんが不憫な気持ちになった。彼自身別に悪い人じゃないが、性格や佇まいで誤解されがちかもしれない。……それは僕にも言えるか。自分事でもあるし気をつけないとな……。
「……あ!ここやねん」
「おや、ここの階段を下る感じかな?」
「そうなんよ、やから結構音出しても平気やねん」
「なるほど。……学校から行ったとして乗り換えもないし、良さげだね。」
吉祥寺GO-HATT(ゴハット)。東軽冗から3駅離れた場所にあるミュージックバー兼ライブハウス。ライブのない日はバー経営をしていて、オープンマイクや飛び込みのセッション会が頻繁に行われているらしい。
「こんにちは〜」
「いらっしゃい……あらぁ、赤塚ちゃん!今日は早いじゃない!どうしたのその子、友達?」
「そうなんです、うちと同じ高校で部活も同じなんですよ」
「初めまして。渡瀬慎也です」
「初めまして!アタシ、ここのオーナーさんです」
オーナーさんは口調に艶のある中年の男性だった。バーとライブハウスは5年くらいやってるらしく、これまでに色んなアーティストが初ライブをここで行ったりしたのだそう。
「○○△△とか知ってる?あのバンドも最初はここだったのよ」
「へぇ〜!吉祥寺って面白いことやってるミュージシャンが多いですね」
「渡瀬クンは、その……バンドとかしてらっしゃるの?」
「してらっしゃりますね。先月結成して、ホントは学校を初ライブするつもりだったんですけど……」
「素敵じゃない!何かできなかった理由でも?」
「……まぁ、ドラムがヤンチャな子で、ですね……」
「なるほど〜……」
仁川くんの名誉の為に言うが、彼自身はヤンチャなどではなく、むしろ真面目で理系的だ。特別指導があったなんて公に言える訳がない。
「それは、結構元気いっぱいで?」
「……ま、まぁ。元気いっぱいと言えば」
「高校生なんてね、元気が1番だからそんなんでいーのよ」
察されたか。いや、単に手数が多かったりよく走りがちなドラムという先入観から出た語彙なのだろうか。どちらにせよ気まずい空気になることは避けられた……と、思いたい。
「それじゃあ、セッティング表を渡すからそこの空欄とか埋めてきてね〜」
「ありがとうございます。それで、ライブは何日にやります?」
「2週間後!6月の頭になるわね」
「分かりました。メンバーに共有しときますね」
「赤塚ちゃんは出る?」
「えっ!?うちは〜……どうしようかな……」
そういえば、赤塚さんは志島さん達とも僕達ともバンドを組んでいない。ここを出入りしているのは会話の流れで知ったが、バンドを組んでるという話を聞いたことはない。
「……赤塚さんってバンド組んでないんだっけ?」
「や、組んでたには組んでたんやけど……中学の話やさかい、卒業でバラけてもうたんよ」
「なるほど。バンドはしたいの?」
「う〜ん……」
「あら、赤塚ちゃんも出ればいいじゃない」
「えっ!?」
「セッション会の子達と組んだりしてみるの面白そうよ」
「確かに!いいじゃん、それ。同年代の子も来てたりするんですか?」
「そうよ〜!カガコーだと赤塚ちゃん1人だけど、ウチに出入りする高校生は他の高校の子もいるのよ!」
「でも〜……」
「なーに人見知りしてんのよ!」
「まあでも気持ちは分かるよ。僕らの軽音部なんて本当に部員が少ないから……」
「あら、そうなの?」
「僕んところ、去年までなかったようなもんで今年新しく建て直した感じで……僕と、赤塚さんと……同級生はあと2人と、後輩が2人なんで……6人しかいないんですね」
「えーっ!?少ない!!凄いわね、それでやりくりしてるの……」
「やっぱそれで他の高校の子と組むのってハードルが高いんじゃないでしょうか」
「…………」
困ったような笑い方をしながら、赤塚さんは頷く。……ごめん。これは僕の悪い癖だ。僕がそこまで汲み取れてるかよく分からないまま、相手の言いたいことを先走って口にしてしまう。
「……えぇと、うん。まぁ、現状では僕のバンドしかいないんですけど、それは確実に、出ますので」
「分かったわ〜!赤塚ちゃんも、また決まったら言ってちょうだい」
「はーい、うちも決まったら連絡します」
幸い、気まずくなることはなく、その後は挨拶をしてライブハウスを後にした。GO-HATTへの道順は覚えたので迷うことはない。
「この後どうしようか?……そういえば楽器屋行きたいって言ってたっけ」
「そう!うちもお休みの日によく行ってるんよ」
「いいよね、吉祥寺。僕もハードオフとかパルコとか……トレファクなんかも見るな」
「あ、そうなん!渡瀬くんもこっち来るんや」
「というか、こっちのが近いからね」
「へぇ〜……渡瀬くんってお家どこなん?」
「軽冗かな。そこから虚旧(うつろく)を挟んで学校の最寄りまで来てる」
「軽冗なんか!軽冗言うたらヤオコーとかあるやん」
「あぁ、八百追高校ね。公立でも結構いい高校だよね」
「ヤオコーにも軽音部あるんよ」
「そうなんだ!セッション会で知り合ったのかい?」
「知り合った……うん、知り合った」
「……声は掛けたことある?」
「それは…………あ!ここ右やで」
「おや」
外部での活動が主だと言うので、今までそこまで気にしてはいなかったが、どうもこの様子を見るにあまりコミュニケーションは円滑じゃなさそうな気がする。それとも、他の高校の子たちは友達同士で来るから、話しかける機会がないのか……?
「……赤塚さん」
「どうしたん?」
「今度、そのセッション会に僕も行ってみていいかな?」
「えっ!?」
「どうせ参加の為の資料は明日のうちに全て揃えるし、その提出のついでにと思って。次のセッション会っていつとか言われてる?」
「えっと〜……3日後やけど」
「3日後ね、ありがとう。……まあ定番とこは押さえといて損はないかな」
帰りはセッション曲のプレイリストを聴きながら流れを復習おうかな。スペインとか好きなんだけど、やれる子がいたら嬉しいな。
「……あ、ここ!ここ、ここやで」
そう言って赤塚さんが紹介してくれたのは、ビルの一角の1~3階を使ってるタイプの楽器屋だった。名前はツクモ楽器。一応言うが、九十九電機とは無関係だ。
「ここな、中古やけど結構おもろいのが多いねん」
確かに、今だと廃盤になってるエフェクターとか、滅多に見ないビザールなんかが多い。新品も全然あるけど。ツクモという名前だけあって、使い込まれて音の鳴らなくなったものとかも平気で売っている。
「……そういえば赤塚さんのギターってシルバースカイだよね。それもここで買ったの?」
「そうなんよ。色が可愛くて、一目惚れしてん」
「へぇ〜……ストラトタイプいいよね。取り回しやすいし」
「その前も何か、ストラトやったんよ。初心者セットの」
「だからストラトタイプを使ってるって感じ?」
「うん。使いやすくて好き」
そんな会話をしながら、結局買うのはエリクサーの010~046。セットになってるやつ。ギターが3人もいるので、結構消耗する。弦の太さで好みが分かれる話をよく聞くが、僕ら3人はヒトマルヨンロクを使っても文句がないので個別に買い足す必要がなくて助かってる。追加で自分用にピックを買い足しておくか……。
「渡瀬くんエリクサーよう買うよな」
「錆びないとは言うものの、やっぱ激しく扱ってたら切れるものは切れるからね。共用だから赤塚さんも使っていいんだよ」
「それはホンマに助かっとるわ……ありがとうね」
「ふふ、どうも」
それから、しばらく楽器屋を一緒に物色してみたが結構面白い店だった。そこについて語ろうとすると、これまでの文量の4~5倍くらいになってしまうので端折ってしまうが。ちょっと気になるものが多かったので、この店も個人的に通おうかなと思った。
「……た、楽しかったなぁ?」
「うん、僕も楽しかったよ」
「ほんまに!……ふふ、嬉しいわ」
「吉祥寺にこんな穴場があるとは思わなかったよ」
「そやろ?」
「赤塚さん吉祥寺に詳しいんだね」
「うちの最寄りなんよ!」
「……なるほど、だからGO-HATTも昔からお世話になってる訳か」
「そうそう!」
「そろそろいい時間だし、この辺で解散しようか」
「あ、ほんま?もうそんな時間やっけ」
「今ほら、17時過ぎだし……僕は門限ないけど、赤塚さんは分からないし」
「あ……そうやね、そんな時間……」
「また明日だね。僕も家族が待ってるから……」
「せやったら、駅まで見送るで」
「本当かい?何だか悪いね」
「ええんよ、付き合わせてもろたん私やし」
そういう訳で、赤塚さんは吉祥寺の改札まで僕のことを見送ってくれた。改札を通って振り返ると、まだしばらくそこにいたので、目が合ったのが何だか僕の中では気まずく感じた。……今日練習しなかった分は帰ったら家でやって取り返す予定だ。ライブの機会が回ってきた訳だし、より力を入れないといけない。明日が楽しみだ。さて、どうやって観客を引っ掻き回してやろうか……。
私立彁楽高校三年 渡瀬慎也