……わたちゃん、とうとう自分から誘ったか。……まぁ、そんな気はしてたんだけど。二日前にさ、劇伴のデモを書いてたの。そしたら、渡瀬の奴が「赤塚さんと用事ができたから」っつって施錠を任せたわけ。普通だったら、「お、デートなの?ひゅーひゅー♡」とか冷やかすんだろうけどさ。……渡瀬慎也だぜ?渡瀬慎也が女の子引っ掛けてぷらぷらするなんてこと、まずねーだろ。あいつなんて口を開けば原盤とリマスター盤の音の違いとか、CBS期のフェンダーがどれだけ酷いかみたいな話しかしねぇから。CBS期も言うほど悪くはないだろ。
「……どこ行ってくんの、ちなみに」
「ライブハウスだよ。赤塚さんがいつも出入りしてる所を紹介してくれるみたい」
「あぁそう。そんまま帰るだろ?」
「そのつもりだよ。それじゃあよろしくね」
ほらやっぱり!ただの浮ついたデートな訳ねーって思ったんだ。あいつ、ときどき手段として人との会話をしてる部分があるよな、絶対。
「……こんな感じのドラムってどうですか?」
「おっ。……どれ、聴かせてごらん」
ま、あいつらがどんな風になろうが、私は知ったこっちゃねえけど。……つかわたちゃんも本当はウチに誘いたかったけどさ。その、ライブハウスに出入りしてるならそっちを尊重した方がいいよなって思ってはいて。だから誘ってねえっていうか。まぁ、ウチは友達の頼み聞くだけで十分だし……………………あいつら帰ってきたら、何があったか聞くか。
***
そういえば私、転入生なんだよね。実はね、元々札幌からきてんの。お父さんが東京の本社に転勤するから引っ越して、そのついでに転入したってわけ。……ウチの地元だと、軽音部もあんまり……こう、フォークギター同好会って感じで。でも私めっちゃバンド好きなの。地元のバンドだからって理由で聴いてるのばっかだけど。イースタンユースとか。そういうのがしたくて。……で、八百追高校と見学して比べてたんだけど、私立彁楽高校って何がヤバいってさ、この部室を一人で作った生徒がいんの。
「……これ、全部……君がやったの?」
「そうだよ?……校内活動は責任の取れる範囲で自由にできるからね」
「へ、へぇ……そうなんだ」
こいつの何がやばいって、この防音の重いドアも壁に貼られてる吸音材も、そこにあるアンプとか、壁にかけられてるフォトジェニックやプレイテックのギターとか、本棚のバンドスコアとか全部自分で用意してんの。
「……新しく入る子?」
「いや……転入生……」
「部活の予定は?」
「…………軽音部だけど」
「じゃ、間違いなくうちがいいね」
凄味を感じた。この言葉に押されてこっちに転入したから。普通の人は何を言い切ってんだこいつと思うだろうが、入学した今振り返ってみりゃ本当にその通りだ。渡瀬慎也。聞けば親父の小遣いと自分のバイトの給料を部活に充ててる。一昨日だってエリクサーを持ってきてたし、時々ジャンク品のよく分からないエフェクターを弄り回してる。ハイソなことやってそうな奴が何で軽音なんかと思ってたけど、 こいつの叔父さんの影響だってよ。それにしても、情熱が異様すぎるから1回訊いてみたんだよ。
「……そんな懐に余裕有り余ってんなら、もっと好きなことに使ったらどうなんだよ」
「そう言われても僕はこれが好きだからね、仕方ないよ」
「あぁ、そう……何でそこまでやれるの?」
「僕はね、部活を通して身近な音楽に触れる生徒がこの先増えて欲しいと思うんだ」
「…………へぇ」
「その為には、まずは整った環境から始めなくちゃね。使い方やリペア、基礎練習やら何やらまでできるようにしておけば問題ないよ」
ノートに理路整然とした文章と、分かりやすいスケッチで、ギターやエフェクターの仕組みを紐解いて書き記している。こいつは間違いなく情熱が段違いだ。たった3年の校内活動にそれだけできるんだから。最初は軽い気持ちで入ったけど、こいつに着いてくには生半可じゃいけねーって思って、すぐ練習を始めたんだっけ。今後入ってくる後輩にも示しが着くように。結局ドラムしか来なかったけど。
***
まぁ今日も今日とて部活だ。珍しく、放課中に渡瀬の奴から施錠を頼まれたから、私が部室の鍵を開けてる。……所でわたちゃんってさ、渡瀬が部活建て直す前からいたんだろ?……つーことは、リアルタイムで部活を建て直してるところに遭遇できてるわけだ。……後から来た私が奴の様子を見てすげえってなるんだから、わたちゃんは…………そりゃ惚れても仕方ないよな。つーかさ、好きなのダダ漏れ。知らねえ振りしてるけど。
「……あ、かなちゃん!早いねえ」
「おつかれ。今日は練習すんの?」
「するよぉ、セッション会があるねん」
「へぇ〜……こないだ渡瀬連れてった時の?」
「えっ!?」
「いや、あいつが言ってたからさ。ライブハウスを教えてもらうって」
「あっ、あぁ、そないか……」
「……何かあった?」
「な、ないよ!?……あ、でも……」
「お?……でも?」
「……渡瀬くんにな、嬉しいって言ってもらえて安心したんよ」
「へぇ〜〜……」
まぁライブハウス紹介してもらったらライブのツテができて嬉しいよな。……わたちゃんって時々ちょっと乙女だけど、おもしれーから弄らないでおく。……あれ?今日がセッション会なんだ?こういう時はむしろ、渡瀬が率先して鍵を開けて、私が来た頃にはギターの音が鳴ってると思ってたんだけど。
「……渡瀬の奴はどうしたんだ?」
「あっ、渡瀬くん?渡瀬くんはライブの準備で家に戻っとるみたいよ」
「あぁ、そうなんだ」
「マルチ持ってく〜言うて、随分気合い入っとったわ」
マルチ!?……セッション会にマルチか。でも、ライブハウスでやんだろ?別にいるか?それ。
「そう。気合を入れてきたよ、じゃんっ」
「わっ、あ、渡瀬くん!もう帰ってきたん!?」
「戻る途中でギターバッグに入れてたのに気づいたから、行く必要がなかったよ」
「そ、そうなん……」
「それくらい収まりがいいんだ、こいつ」
「こいつって、マルチにGT-1000core持ってきたのかよお前」
「そうそう。別に歪みだけでも良かったんだけど、どこでもいつもの音を鳴らしたくてさ」
「こだわっとるねぇ……」
「いつものことじゃん。……それ、JCにリターン刺しすんの?」
「イン刺しかなぁ。アンプ側である程度フラットに作って、それをDI音に見立てるのが安定する」
こいつはいつもブレないな。何か、合わせてる私が言うのもなんだけど、ちょっとマニア過ぎてわたちゃんが置いてかれてる。ごめん。
「なるほど……じゃあもう行く?」
「もう行こうかな。……赤塚さんは準備できてる?」
「あっ、えっと……」
「開演まで時間あるし、弦でも張り替える?」
「それはっ、こないだやったばっかやから平気!」
「……赤塚さんってエフェクターあるっけ?」
「一応……!自分の、緑のやつがあるねんけど……」
「TSいいよね。それなら忘れ物はなさそうかな」
「だ、大丈夫やよ!」
「お、じゃあ施錠はやっとくから。緊張しすぎんなよ」
「もちろん。楽しんでくるよ」
「行ってくる〜……!」
……行っちまった。あー、暇だ。……暇じゃねえわ。製作があったような…………廊下で溜まってないで、いつものとこ行こ……。
「……あ、先輩」
「おー、仁川だっけ。シャバの空気はどう?」
「もうそろ1週間経ちますよそれ、そろそろおもんないです」
「言うじゃん、器と背は比例すんのな」
「マジで何すか???」
「……まぁ、わざとじゃねえって渡瀬から聞いてるから。暴れるのはステージだけにしとけよ」
「だからそのステージのセッティング図を渡瀬先輩に渡しに行くんすよ」
「え、マジ?あいつ今赤塚と階段降りてったよ」
「ホンマに言うてる?」
慌ただしい奴……。さあ製作……って思ったら、いつもの部屋からベースの音が聴こえてくるし。
「……あっ…………」
「何でこっちで弾いてるん?」
「えっと……エフェクター、買ったから……試奏……」
「あぁ、DAW上でDI音からの比較をしてる訳ね……ごめん」
「ううん、大丈夫……」
「……ところで星野ちゃん知らない?」
「えっ、見てない……」
「あぁ、そう?」
「……でも、学校ですれ違ったから今日はいるはず……」
「ふーん……」
ま、そのうち待ってりゃ来るか……つったって、渡瀬とわたちゃんがいないから今日も個人練だけど。……つーかセッションすんのいいな。久々にやりてえ。…………やっちゃお。
「お疲れ様です〜」
「あ、星野ちゃん!お疲れ〜!」
「よろしくお願いしま〜す」
「今日はねぇ、ちょっと休憩かなぁ」
「休憩〜……ですか」
「ほら、ウチらって作曲で作業ばっかしてるし、演奏して合わせたいなーって思っちゃったりして」
「たしかに〜、合わせる機会は滅多にないですねぇ」
「セッションとかって、興味ある?」
「いちおう習わされてたので、ある程度は〜」
「そっか!やっぱやってると話が早いね〜!」
じゃあやるか。……ベースも、今扉の向こうにちょうどいいのがいるし。
「……おい」
「わっ!?……え、ど、どしたの……?」
「セッション」
「えっ…」
「だから、セッション」
「……ジャズドラマーの?」
「それはウィップラッシュだろ。セッションやるからベースやれ」
「きゅ、急……」
「渡瀬と赤塚がセッション会しに行ってるからやりたくなったんだよ。しゃーねーだろ」
そうやって強引に誘い出して、隣のいつもの部室でセッティングをする。……足元はテキトーにRAT1発でいいや。椎名林檎もそう言ってるし。
「曲どうする?」
「曲…………」
「私は、先輩方に合わせますよ〜」
「そうなの!じゃあ〜……榎本、何か弾いて」
「えっ……セッションでベース始まりって言ったら……」
……何だ?……何が来る?チキンか?そこのスケール確認したってことはチキンだな?……チキンだ!!!!ジャコの名曲だよな〜……テーマは私から出さないと始まらねえなこれ。……あ、星野ちゃんがインした。じゃあ4小節のピックアップから入って……楽し〜〜〜。文面で伝わる人全然いねぇと思うけど、これ楽しいわ。ここの……食ってるメロディにドラムが合わせに行くところ気持ちいい!星野ちゃんやっぱドラム上手いね〜!……ツーインにして、次のテーマやったらソロ入ろ。……あいつ、目ぇ隠れてるけど目線だしたらソロ繋いでくれるかな……。……つか3人でセッションすんのも楽しいねこれ。
え、セッション会普通に気になってきた……混ざりてえ〜。こんな楽しいのずっとやってるわけじゃん。いいな。これやってるとマジでバンドもやりたくなってくるな。…………明日、赤塚にセッション会がどうだったか聞いてやろ。
私立彁楽高校三年 志島奏