【パイロット版】カガコーHIGH SCHOOL ROCK現象【第8話】

2025年12月22日 00:00

 昨日は何か、色んなセッション曲をやらされたな……でも、僕はあんな楽しそうな志島さんを久々に見た。一緒にドラムをやってくれてた星野ちゃんは……相変わらずよく分からない。……そうだ、分からないと言ったら、僕は知りたいことがあった。今日の部活が落ち着いた頃に、渡瀬くんに聞いてみた。それは──

「…………赤塚さんと?」
「そう、最近よく一緒にいるよね……」
「あぁ、ライブハウス紹介してくれたからね」
「その、どうなの……あの……」
「どうって……何が?」
「赤塚さんとは……何か、こう……一緒にいる仲なの?」
「一緒にいる……あぁ、何だ」
「何だって……」
「昨日、セッション会でご一緒したけど、キューを出すのは苦手そうだったね」
「そうなの?いや、そうじゃなくて……!これ、これ!……これなの?」

 なかなか話そうとしないから、僕はたまらず小指を立てて見せてみたんだけど……

「これって…………あぁ、君、そういえば結構小指でも押弦してるよね。先が堅いのが見ただけでよくわかるよ」
「ち、ちがう!ちがくて!……いや、僕はいつも真面目に練習してるんだけど!」
「真面目なのはいい事だよ。感心々々。今度、ライブも控えてるからね」
「だから、渡瀬くん……!」

 恋愛のジェスチャーも通じない高校生がいるなんて僕は知らなかった。ここ最近、渡瀬くんと赤塚ちゃんがずっと一緒に行動している。怪しい。部内恋愛なんて、僕は咎めるつもりは微塵もないけど……でも、誰が誰に興味があるとか、人数の少ないコミュニティの中で掘り下げたっていいじゃないかって思ってる。引き下がらないぞ……!

「……ずばり聞くけど。赤塚さんとは、どういう関係なの?」
「関係?……ずいぶん抽象的な聞き方をするね」
「さっきから聞いてるんだけど、それを。だって、一緒にいて、それで外にも出掛けてるんでしょ?」
「ライブハウスを紹介してくれるって言うんだから。外でのライブのツテは大事にした方がいいだろう」
「いや、そうだけど……!でも、男女が2人きりで外出って……それって、完全に……で、デー……ト、だと……僕は、思う……よ」
「……えぇ?ライブハウスに挨拶して、帰り際に楽器屋に寄ることの、どこが?」
「それを、男女の2人でやるからデートだと、僕はおもっ、思ってて」
「ほう……まぁ、その定義だと確かにその通りかもしれないね」
「じゃ、じゃあやっぱり……!」
「でも、榎本くんが早計すぎるかな、それは」
「……えっ?」

 僕が勘違いをしてる……?いや、だって、あんなに楽しそうに赤塚さんと話をしてるんだし、僕はてっきりあの二人が付き合ってると思っていたから……。

「デートっていうのは、日時や場所を決めて男女と会うこと。君、広辞苑を読んだことはあるかい?」
「……あ、あるけど……」
「だったら、それ以上に何もないのも分かると思うね」
「それは……そうなの?」
「そうだね。……時系列を説明しようか?」
「……うん、それを聞いてからもっかい聞いていい?」

 渡瀬くんが言うには、僕らのバンドの初ライブの場所をどうするか取り回っていたみたい。仁川くんの影響で、しばらく校内ライブはできそうにないから、ライブハウスでライブをしようっていうこと。その為に、普段から最寄り駅のライブハウスを頻繁に出入りしてる赤塚さんにそのライブハウスを紹介してもらって、帰りは楽器屋まで教えて貰っただけで、それ以上のことは何もないんだって。

「……だとしても、今日だって、昨日だって赤塚さんと仲良く話してるような気がして」
「あれはね、向こうが僕を見ると話しかけてくれるからそれに返してるだけ。赤塚さんも軽音部だから、音楽の話をしていて疲れないんだ」
「向こうからなんだ!?」
「まぁ僕も、別に一人でいることに固執してる訳じゃないから全然応えるんだけどね」
「…………渡瀬くんは赤塚さんのこと、どう思ってるの?」
「さっきからすごく気にしてくるね」
「き、気になるんだもん……」
「……そんなに?」

 気になるとは言っても、何となくわかる。渡瀬くんは僕や仁川くん、志島さんや星野ちゃんと同じで赤塚さんのことをただの音楽仲間としか見ていない……と、思ってる。

「じ、実際……どうなの?」
「……う〜ん……まだ、自分の好きな音楽について漠然としている感じがして、セオリーを表面通りに受け取ってるような気がするね。技術はあるけど、それだけ……みたいな。でも、昨日はちゃんと彼女の上手い部分を見れて良かったなって思うし、今後なにかやりたいジャンルを見つけたらそのジャンルで張り合えそうな気概はあるよ」
「あ、あぁ……」

 やっぱり。渡瀬くんは、音楽に打ち込んでる人間をよく見ている。けど、本当に音楽にしか興味がないって感じで、僕の思った通りの答えは聞き出せなかった。……好きな人とか、いるのかな。渡瀬くんだって高校生だからきっといるはず……。

「……渡瀬くんって、好きな人とかいるの?」
「好きな人?」
「そうだよ!その、この子かわいいとか……綺麗だな〜、とか……」
「……僕はね、音楽よりも魅力的な人を見たことがないからそれは分からないかも」
「えっ……じゃあ、好きな人はいないの?」
「うん。……でもね、その音楽に魅せられた人間だから、振り向いて貰えるようにずっとこうしてギターを弾いているんだ」
「なるほど…………」

 分かった。彼はそもそも恋愛に微塵も興味がないんだ。ただ、音楽がずっと好きでその音楽の為なら何でもするような人で、軽音部の僕たちのことも、自分と同じ立場だから興味や関心があるだけで、そこに何もない。
 この結論をもとに一つ言えるのは、渡瀬くんが赤塚さんを好きになったんじゃなく、赤塚さんが渡瀬くんを好きになったんだと思う。だって、今日の廊下での彼らの様子とか見てたし、一緒にいて赤塚さんはすごく楽しそうだし。でもそれって、すごく素敵なことだよ。音楽に一生懸命な渡瀬くんを追いかけて、捕まえて、振り向いてもらおうって頑張ってて。何か、恋愛小説を見てるみたいで…………あぁ、いつか僕もそういう恋をしてみたい……

「そろそろ施錠するけど……」
「わあっ!?あ、わ、わっ……わっ!!」
「何か変なことを言ったかい」
「い、いや……ごめん、ボーッとしてただけ……」
「……あと1週間後にライブがあるけど、個人練習は程々にね」
「う、うん……」

 妄想する癖は僕の良くない所。だって、実際そうなのか分かんないし、僕の考えすぎだと思う。渡瀬くんには聞いたけど、赤塚さんにはこんな風に聞けないし。だって、男の子が女の子の恋路に口出しなんて、すごく失礼じゃないか!……でも、気になっちゃうから……



***



「……何だよ、珍しいな」
「あ、あ……赤塚さんのこと……」
「……わたちゃんが?」
「そ、そう!……わたちゃんって言うの?」
「お前、下の名前把握してねえんだな。わたちゃんは赤塚和音(わたね)でわたちゃんだぞ」
「そうなんだ……」

 鍵を返しに行った渡瀬くんとは別に、階段を降りる志島さんに話しかけてみた。赤塚さん本人に聞くのは気が引けるけど、同性から分かる視点とかあるかもしれなくて……。

「で、わたちゃんがどったのさ」
「…………あの子ってさ、渡瀬くんのこと……」
「……え?あんなの、どう見ても好きでしょ」
「だよね。僕は渡瀬くんに聞いたんだけど……」
「あいつに直接聞いたの?すげーな」
「うん……渡瀬くんは真面目だし聞きやすくて……」
「私が真面目じゃねえみてーな物言いだな」
「そ、そんなことないよ!だって……バンド組んでから志島さんとはあんまり話さなくなったから気まずくて……」
「……気と背って反比例するんだ」
「えっ……?」
「あ、いや。何でもねーわ。……つか昨日セッションしたのにそんなこと気にすんなよ」
「ご、ごめん……」

 昨日はさすがに突発的に始まったからなし崩し的にやったんだけど、実はバンドを組んでからリハ練と個人練しかやってないから、部活の時は志島さんどころか殆ど会話することがなかった。それで距離を置かれてるって勝手に思ってた部分はあるけど……。

「まぁいいよ。……それで、渡瀬の奴から聞いてみてどうだったよ?」
「……渡瀬くんに聞いたけど、渡瀬くんは音楽が好きって話しかずっとしてなかった」
「あー……あいつ、ずっとあんな感じだよな。わたちゃんもなぁ……まぁ〜、当人が追っ掛けてるなら水を差さねーことにはしてるけど」
「そうだね……僕、何かに一途な子って素敵だなって思った」
「それは……渡瀬のことなん?それともわたちゃん?」
「……ある意味、どっちも」
「…………おぉ〜。確かにな。……まぁ、私らの事でもねーし……見守るしかねぇよ」
「そうだね……」
「よしんば付き合ったとして、渡瀬なんて練習の予定も逐一決めてるだろうから、上手く両立するだろうし」
「確かに……渡瀬くんってそういうことしそう」
「なんかあるよな、そういう偏見」
「うん……」

 志島さんも、渡瀬くんに対する認識が割と僕と似ているみたいで、ちょっと親近感を覚えた。渡瀬くんって……渡瀬くんだよね、みたいな。よく分からない表現の仕方になっちゃうんだけど。

「……つか、私もわたちゃんに聞いてみたんだけど」
「志島さんもそういう話とか気になるの?」
「いや、セッション会のこと。……渡瀬の奴、めちゃくちゃ上手かったって」
「そうなんだ……」
「キャリーされっぱだった、とかソロも上手くてしつこくなくて、とか、相手をずっと気遣うプレイしてた、みたいな」
「……実際、渡瀬くんってそういう気の利き方はすごく上手だよ」
「やっぱ合わせてて思ったりすんの?」
「うん。……リーダーもバンマスもやってて、すごく空気を作るのが上手いんだ。」
「そこについていけるお前も相当だけどな。……わたちゃんもそういうとこに惚れたんじゃねえの」
「だと思う……」
「実際渡瀬について聞いてみたらすげえキョドってたっつーか、ずっと渡瀬の話しかしてねえし」
「あ、そうだったんだ……」
「わたちゃんってかわいいんだよな。何か……みんなかっこいいみたいな目線でいるんだけど、全然私にはマンチカンに見えるっていうか」
「ま、マンチカン……」
「あいつ、他の女子と話してると全然違うって言うか……上品な外弁慶って感じ。……それで、どっちが素なのかって言うと部活の時っぽいんだよな」
「そうなんだ……何か意外……」
「お前、話した事ねーの?」
「ない……」
「だろうな」
「うぅっ……」
「悪い悪い。……つか、渡瀬にもそういう話ねえの?」
「渡瀬くんは……あ、でも……妹のお迎えのために部活を休んだことはあったかも」
「あいつ妹いんの!?」
「いるみたい、詳しいことは聞いてないけど」
「お兄ちゃんやってるんだ、すげー……」
「それとね、渡瀬くんってフェンダーが好きっぽくて……」
「それは知ってる」
「やっぱり?でもね……」

 階段を降りて別々の下駄箱になるまで、その時間は軽音部の子たちの話で盛り上がった。聞いてもらったお礼に自販機でいちごミルクを奢ったりして。……何か、こういう話をしながら帰るのにも憧れてたので志島さんに初めて感謝した。……初めて感謝したって言うと、また何か睨まれそうな気がする。そんなことより、セッティング図も書いてリハーサルもやって、僕たちの準備は十分。……そういえば、渡瀬くんが紹介してもらったライブハウスって吉祥寺にあるんだっけ。……今日はちょっと寄り道してから帰ろうかな。

私立彁楽高校三年 榎本康介

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