【パイロット版】カガコーHIGH SCHOOL ROCK現象【第9話】

2026年01月14日 00:00

 この部活に入ってから、梅雨入りが近くなってきた頃のことです。渡瀬先輩のバンドが吉祥寺GO-HATTでライブをすることになったので、それを見てきました。出順は3番目、突然壇上に上がって口上もなく凄まじい勢いのフェルマータから始まり、それから、絶え間なく音圧の壁を何度も打ち出すような、インプロビゼーションが15分間続きました。誰かが仕掛けると、その度に歓声が挙がり、終わった頃にはみんな能動的に拍手をしていました。その拍手を後に、シールドを抜いてさっと捌けていた先輩達の横顔は、平然としていました。まるで、舞台と席もふくめてこれが当然であるかのような振る舞い。まだ出番のあるバンドを前に、観衆を唖然とさせた先輩達は、一体どこへ向かうのでしょう……。


***



 ライブがありましたが、私たちは変わらず演劇部の劇伴の製作をする日々です。志島先輩の友人に、演劇部の部長がいます。その方が、今度の体育館で開く公演で、架空のロックバンドを題材にした劇を行うとの事で、その劇伴の仕事を貰ってきました。

「……つってもなぁ、正直浮かばねぇよな」
「浮かばない……?」
「プロットっつーか、台本とかあらすじとか貰ってはいるけど、肝心のバンドの音楽性が分かんねぇっつーか、書いてねえし」
「なるほど〜……」

 志島先輩は物語からバンドの音楽性が浮かばず悩んでるみたいです。デモの段階で没にしたりフレーズを再利用したりの繰り返しで、進捗はいまいち進んでいません。そういえば、先輩はどういう音楽が好きなのでしょう。それを当てはめてみるのは悪い提案ではない気がします。

「……先輩って、どんなジャンルが好きなんですか〜?」
「私?前に言ってたっけ……えっとね、私は普通にシューゲイザーみてえなオルタナとか……」
「シューゲイザー」
「……何かさ、下向きながらとにかく大音量のギターをガーッてやんの」

 そう言って、先輩は練習用のアンプの間に、何やら大きな箱みたいなものを繋ぐと、たちまち砂嵐のような雑音がアンプから拡がりました。空気の触れる音を拾い上げて、今にも吠えだしそうです。
 コードを弾くと、そこから鳴り出したのは轟くようなエレキギターの音。先輩って、こういう音楽が好きなんですね。

「…………こういう奴。耳、大丈夫?」
「大丈夫です〜。……それ、やってみるのってありじゃないですか?」
「これ〜???まぁ、やってみる価値はありそうだね〜」

 かくして、私たちはシューゲイザーという音楽を劇伴に採用することにしました。後から、この轟音を聴きつけた渡瀬先輩が志島先輩に灰色の小さな箱を貸してたのを覚えています。

「なんか面白そうなことやろうとしてるじゃん」
「渡瀬には関係ないだろ」
「関係なくても関係のある道具は貸せるよ。……これとかどう?」
「……マフにこんなちっせえのあったんだ」
「それもね、僕のやつと同じのが鳴るんでね。使わないのに買っちゃったから、共用にしてるんだ。……見て、右下」
「あ、これあれじゃん。……あの、これインスタもこのアイコンだよな」
「ラムズヘッドだね。僕の持ってるやつより随分便利にできてるみたいだし、そういうのやるなら使いなよ」
「…………どうも」

 そうして、私は志島先輩とシューゲイザーをやることになりましたが、毛羽立つ轟音のようなギターはなかなか馴染もうとしてくれません。全てを覆い被そうとします。

「輪郭が欲しいから、ハットは閉じてるのがいいかも、それかライドの面の方とか」
「分かりました〜」
「ビーターって硬いやつもあったっけ」
「ありますよ、付け替えますか?」
「そっちでも欲しいかも!……待って、ベースが全然聴こえねぇ」
「それにしても凄い音ですね」
「ちょっと待っててね……あ、500円あげるから自販機で何か好きなの買ってきていいよ」

 先輩に言われた通りにしながら色々なビートの提案をしてみました。そのどれも先輩は褒めてくれます。しかし、それでも先輩は悩んでる様子。500円を貰ったので、頑張っている先輩の分のドリンクまで買いに行くことにしました。すると、廊下で渡瀬先輩とすれ違いました。

「……お疲れ様。そっちも頑張ってるみたいだね」
「お疲れ様です〜」
「どこまで進んでる?何かサウンドトラック作るみたいな話は聞いてるけど」
「今、ドラムまで録音できたんですけど〜……先輩はずっとヘッドホンを被って色々やってるみたいです」
「なるほど、ミックスに悩んでるわけか。……星野さんは今から何しに行くの?」
「500円を渡されたので、飲み物でも買おうかと……」
「なるほどね。そしたら、そっと置いてあげた方がいいと思うよ」
「分かりました」

 志島先輩は凝り性だと、渡瀬先輩は言います。志島先輩の要望はすごく分かりやすく丁寧な説明でしたが、確かに渡瀬先輩の言う通り、かなり細かく言語化されてるような気がしました。それから、私は先輩と少し話すことになりました。

「僕もよく志島さんみたいになるからね。作曲っていうのは自分が担当しない楽器についても、ある程度知識を入れていないと出来ないことだし」
「そうなんですね〜」
「ちなみに志島さんは、星野さんになんて言ったりしたの?」
「なんて、というのは……」
「例えば曲を作る時にどういうドラムが欲しいか、みたいな。些細なことでも」
「……金物の指定とか、使うビーターを変えて同じトラックを録音したりとか……?」
「なるほど!ちなみに、ビートは自分で考えてる?」
「考えてます〜!元々のデモを元に考えてみて、良かった物を採用するって言ってて〜……でも、先輩はどれもいいドラムって言ってたから、今はそれで悩んでそうな気がします〜」
「なるほど。……それってつまり、志島さんの要望に応えれていると、僕は思うんだ」
「……本当に、そうなのでしょうか」
「志島さんがね、君のテイクに向き合って悩んでくれてるというのは、それほど信頼しているということなんだと思う。結局、どれを採っても曲を彩ってくれるものなのだからね。それを選択肢として提示できる君の才能を買っているんだと、僕は思うよ」
「…………」

 その言葉について、私は上手く返すことができませんでした。言葉に対して、深く疑いを持つ癖が私にあるのです。演奏に向き合って悩んでくれて、私の才を認めてくれている……ですが、この言葉に対して疑わないことも、時には必要なのかも。今は、そう思うことにしてみます。

「ちなみに、志島さんに買うのは決まってる?」
「えぇ、先輩はいちごミルクが好きなのでそれを……」
「いいね。星野さんは何を買うの?」
「私ですか?私は〜……マウンテン・デューを」
「マウンテン・デューを」

 先輩が買ってくれたことを覚えていたので、それを買いました。それから、部室に戻ると先輩がヘッドホンを肩に降ろして伸びをしてたので、差し出しました。

「先輩、これ……」
「あ!ありがと〜!……いちごミルク私の?」
「はい、先輩のです〜」
「星野ちゃんそれ好き?マウンテン・デュー」
「……はい」
「いいでしょ〜!ほら、私ってセンスいいからさ」
「終わったんですか?」
「終わった〜!三番目に録音したのが良くって、これだとほら、ライドをきっかけにフィルに流れてるからそれが綺麗でさ」
「なるほど……お役に立てたのなら良かったです〜」

 もしかしたら、渡瀬先輩の言葉は本当にそうなのかもしれない。嬉々として私に感謝を伝える志島先輩に、私は自分の奏者としての価値を再確認しました。志島先輩はとてもいい人です。私の演奏に対して、私に向かって、こうして言葉を掛けてくれるから……。

私立彁楽高校一年 星野綾音

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